カテゴリー「平清盛・台詞集」の投稿

平清盛:第4巻分より

全4巻の完全小説版が出版される「平清盛」ですが、各巻分のドラマ放送が終了するごとに、ベスト台詞集をまとめて振り返っています。
今回は最後の第4巻分(第37回~最終回放送分)です。



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「平家に生まれたからには、女であってももののふ。きっと見事に役目を果たします」(第38回:徳子)


「平家にあらずんば、人にあらず」(第38回:平時忠)


「それでも常に、平家は一蓮托生。いかなる修羅の道も、共に歩く覚悟にござります」(第39回:時子)


「お前の国づくりは、盗賊が物盗むんと同じや!」(第39回:兎丸)


「誰にも顧みられる事なくとも、いつもそこにあり、そこにいる者を慰めてくれる。楽しませてくれる。・・・わしは今様が好きじゃ」(第40回:後白河法皇)


「滋子の心は、滋子のもの。そして滋子の心は、いつも法皇様のおそばに」(第40回:建春門院滋子)


「昨日は変えられぬが、明日はいかようにも変えられる。・・・明日を変えるは今日ぞ! 今この時ぞ」(第41回:北条政子)


「忠ならんと欲すれば孝ならず。孝ならんと欲すれば忠ならず。進退これきわまれり」(第43回:平重盛)


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「ついにここまで来た。ついに武士が、この国の頂に立ったのじゃ」(第44回:平清盛)


「助けてくれ。誰か、助けてくれ。暗闇ばかりじゃ。ここからの眺めは。果てしない・・・暗闇。手に入れても手に入れても、光は・・・光には・・・届かぬ」(第46回:平清盛)


「私は力で平家を倒し、その上につくる!・・・こんどこそ、まことの武士の世を」(第48回:源頼朝)


「もはや平安の世は、終わりを告げようとしておりまする。これより先は武士同士が覇を争う世となりましょう。・・・武士はもはや、王家の犬ではござりませぬ」(第49回:平清盛)


「みなに等しく訪れるのが死というもの。・・・それゆえにこそ。人は命尽きるまで、存分に生きねばなりませぬ」(最終回:西行)



「海の底にも、都はござりましょう」(最終回:時子)


「平清盛なくして、武士の世はなかった」(最終回:源頼朝)


素材提供:雪月花

平清盛:最終回「遊びをせんとや生まれけむ」より

Syara_0「平家は常に一蓮托生!」(平頼盛)

一門を離れて頼朝を頼り、命を長らえる道を選んだ頼盛ですが、心は常に一門と共にあったようです。「悔いてはおらぬのか?」と問う頼朝に応えた台詞です。


「みなの志を受け継ぎ、武士の世をつくることが、わしの背負うた使命! 頼朝を倒し、再び福原に都をつくるまでは死ねぬ!」(平清盛)


「その方々もみなそうだったのではござりませぬか? やり残したことがある。果たせなかった思いがある。みな、無念であったことでしょう。されど、みなに等しく訪れるのが死というもの。・・・それゆえにこそ。人は命尽きるまで、存分に生きねばなりませぬ。・・・・そしてお手前ほど、それを体現したお方を私はほかに知りませぬ」(西行)

生き霊になって西行の庵にやってきた清盛に、西行が言い諭した台詞です。


「うれしい時、楽しい時も、つらい時、苦しい時さえも。いついかなる時も、子供が遊ぶようにお手前は生きた。生き尽くした。・・・お手前の生きてこられた平清盛の一生。まばゆいばかりの美しさにござりまする」(西行)

清盛の苦悶をやわらげた、西行の台詞です。


「平家のつわものたちよ。比類なきわが一門よ。聞くがよい。きっと、わが墓前に、頼朝が首を供えよ!」(平清盛)

清盛が一門の者たちに言い遺した最期の言葉です。それがこれだったというのは、清盛がまさしく武士であった事を如実に表しているのでしょう。


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「海の底にも、都はござりましょう」(時子)

壇ノ浦の戦で、安徳帝を抱いて入水した時子の最期の言葉です。


「しからば頼朝。まことの武士とはいかなるものか・・・見せてみよ」(平清盛)

西行に託して頼朝に伝えられた、清盛の遺言です。それに対して頼朝は・・・


「これが私が選んだ道。・・・武士の栄華へと続く道じゃ」(源頼朝)

髭切の太刀に、改めて思いを誓いました。


「平清盛なくして、武士の世はなかった」(源頼朝)


ドラマのラストを飾る一言です。ドラマ第1回にも同じ台詞がありましたが、その時は採りませんでしたので、ここで採りました。


大河ドラマ平清盛 <完>



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素材提供:薫風館空彩

 

平清盛:第49回「双六が終わるとき」より

Suzume「母上。上皇様だけが、私の光る君にござります」(徳子)

高倉上皇亡き後の徳子を後白河法皇の後宮に入れるという、清盛の策を打診しに来た時子に対して、徳子がキッパリと断った台詞です。


「もう、よいではござりませぬか。あの光らない君がここまでのぼられたのです。これ以上の高望みはなされますな。・・・気楽に参りましょう」(時子)

徳子の返事に肩を落とす清盛をなぐさめた、朗らかな時子の台詞です。


「御家人たちは殿をお支えし、お守りする。殿は御家人たちの働きに報い、みなを守る。この約束事こそが、この新しき仕組みの要じゃ」(藤九郎)

鎌倉に源頼朝が作っている新しい町を統べる、新しい仕組みを説明する藤九郎の台詞です。


「法皇様と平清盛の双六。本日をもって最後としていただきとうござります」
「もはや平安の世は、終わりを告げようとしておりまする。これより先は武士同士が覇を争う世となりましょう。・・・武士はもはや、王家の犬ではござりませぬ」(平清盛)


勝った者の願いを聞き届けるという約束の双六で、勝った清盛が後白河法皇に願い出た台詞です。清盛は法皇に対して、平安の世の終わりを宣言しています。これにて、生涯をかけた長い長い二人の双六遊びも、最後を迎えました。


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素材提供:十五夜空彩

平清盛:第48回「幻の都」より

Cutmomiji0「たとえ武士の世と呼べずとも、わしの出会うた身内、敵、味方、友、師・・・、みなの生きた証しが、この福原の都なのじゃ。捨てるわけにはゆかぬ」(平清盛)

福原遷都への思いを語った、清盛の台詞です。しかし、それでも宗盛は・・・


「私は、重盛の兄上とはくらべものにならぬ、できの悪いおのこ。拙い棟梁でござりましょう。・・・それでも私は平家の棟梁でござります! 平清盛の子でござります! 私が一門の役に立てることがあるとすれば・・・今この時! 父上をお諌めすることにござります!」(平宗盛)

触れられたくない自分の過去もさらして、父・清盛にひたむきな思いの丈を語った宗盛の台詞です。


「俺はここに残るで。ここでお母と、豊藤太と荒丹波と麒麟大夫とで、・・・お父の志を守る」(小兎丸)

兎丸の志は、その子・小兎丸が引き継ぎました。


「私は力で平家を倒し、その上につくる!・・・こんどこそ、まことの武士の世を」(源頼朝)


弟の義経に語った、頼朝の決意の台詞です。


「それを、あのお方はやり続けてきたのか。朝廷に入りこみ、その仕組そのものを壊し、変え、謗られながらも新しい都をつくる。それらはすべて・・・」(源頼朝)

かつて鳥羽法皇が清盛の事を「乱れた世に報いられた矢」と言ったという話を聞いた頼朝は、清盛がやり続けて来た事が、ようやく腑に落ちたようです。


「それこそが、もはや運が尽きたということよ。天は平家を見放したのじゃ」(平清盛)

大仏を含めて南都の寺を焼き尽くしたという知らせを聞いた、清盛の口から漏れた台詞です。


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素材提供:雪月花十五夜

平清盛:第47回「宿命の敗北」より

Botan_0「去ね。遅参したうえに下馬もせぬような者は信ずるに値せぬ。・・・もののふの道をわきまえぬ愚か者の二千騎など、なんの役に立つ? 早う去ね!」(源頼朝)

当初、頼朝を「所詮は都育ちの生白いお方であろう」と侮っていた上総広常に言った頼朝の台詞です。広常はすぐに非を詫びて配下につきました。


「今こそわが父の悲願を成し遂げるとき。・・・武士の世をつくる事じゃ。これよりわれらは相模国の鎌倉を目指す」(源頼朝)

鎌倉を本拠とした武士の世をつくるという、頼朝の構想が動き始めました。それに対して・・・。


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「武士の世をつくる事じゃ。福原に内裏をつくり、そこにわが血を引く帝にお住まいいただき、その地で政を行う。そしてその政を・・・あやつに見せるのじゃ」(平清盛)

清盛の構想はあくまで、新しい平家の都をつくる事でした。


「あまりにあっけない。いったい、あのお方は、どのような二十年を過ごしたのであろうか?」(源頼朝)

戦わずして負けた平家軍に対して、頼朝は当然の疑問を抱きました。


「殿。平家はもはや武門ではござりませぬ! 殿ご自身が、もはや武士ではござりませぬ。殿が目指した武士の世は、武士のままでは、つくれぬものにござりました」(伊藤忠清)

武士のままではつくれなかった、清盛が目指した武士の世。そこに思わぬ落とし穴が存在していたのでしょう。


素材提供:薫風館雪月花

平清盛:第46回「頼朝挙兵」より

Yamadori2「佐殿。確かに平家の強さは並大抵ではありませぬ。されど源氏の御曹司たる佐殿、かの義朝様の忘れ形見が立ち上がったとなれば、皆も勢いづきましょう」(北条時政)

時政らの期待が、源頼朝が抱いていた挙兵の迷いを吹っ切らせました。


「父上。私は、うれしゅう思うております。父上が、源氏の魂を取り戻してくださったことを。そして、勇ましく戦う源三位頼政のお姿を目に焼きつけ、死ぬることができますことを」(源仲綱)

以仁王の乱に加わり、源氏の魂を取り戻して果てた、源頼政と仲綱の父子でした。


「上へ上へではなく、横へ横へと広がってゆく世を作りたい。それが兄上のお志であったはず。・・・かように人々の思いをないがしろにした強引な遷都の末に、そのような世が来るとは到底思えませぬ」(平頼盛)

遷都を強行しようとする清盛に対して、最後の説得を試みた頼盛の台詞です。しかし清盛の耳には、もはや誰の言葉も届かなくなっていました。


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「まさに、あのとき恐れていた世の到来。その頂におられるは、誰あろうお手前!・・・これが、お手前のおもしろう生きることにござりまするか? お手前の目指した、武士の世にござりまするか!?」(西行)

若き日からの清盛を知る親友の西行だからこそ、率直に語った台詞です。


「ここはわしの世じゃ。武士が頂に立つ世じゃ。わしの目にしか見えぬ、わしの国をつくるのじゃ! すべてを手に入れ、・・・復讐するのじゃ!」(平清盛)

かつて西光が指摘した通り、復讐であると清盛が語った台詞です。おそらくは、自分自身の生まれた境遇に対する復讐なのでしょう。


「助けてくれ。誰か、助けてくれ。暗闇ばかりじゃ。ここからの眺めは。果てしない・・・暗闇。手に入れても手に入れても、光は・・・光には・・・届かぬ」(平清盛)

果てしない暗闇にとらわれている清盛です。これが白河法皇も見たという、上りつめた果てにある眺めなのでしょうか。


素材提供:十五夜Kigen

平清盛:第45回「以仁王の令旨」より

Gekka_0「私は、何のために王家に生まれてきたのでござりましょう。いや、何のために、・・・生まれてきたのでござりましょう」(以仁王)

後白河法皇の子でありながら、親王にもなれずに、政の外に置かれている以仁王の台詞です。その鬱屈した思いが、令旨を出して平家打倒の機運に火をつける事につながって行きます。


「あってはならぬ。わが意のままにならぬものなど、あってはならぬ。どれだけの犠牲を払ってここまで来たと思うのじゃ」(平清盛)

武士の世を作ったのは良いのですが、次第に暴君と化して行く清盛です。


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「何と勇ましいお姿。皮肉なものでござりますな。これをあなた様に授けられた入道様が、今や武士の心は忘れておられるとは」(北条政子)

「果たして忘れてしまわれたのであろうか。私には、そうは思えぬ。きっと通らねばならぬ道なのであろう。武士の世を作るために」(源頼朝)

「たとえそうであっても、殿はいつか立ち向かわねばなりますまい。平清盛というお方と」(北条政子)

源氏の魂が宿る髭切の太刀をかざしていた頼朝と、政子との会話です。時が迫っているようです。


「ここは、わしの世じゃ」(平清盛)

かつて、清盛の実の父である白河法皇が言ったのと同じ台詞です。清盛は、白河法皇のようになりつつあります。ドラマの最初の頃の話が、ここにつながって来るのですね。


素材提供:薫風館

平清盛:第44回「そこからの眺め」より

Kikuhana2「だがそれがしは、法皇様の近臣方を断罪された一件など聞き及ぶにつれ、平家の世は長く続かぬ気がしてならぬ。それがしは佐殿に、・・・源氏の魂に賭ける」(北条時政)

源頼朝の義理の父となり、覚悟を決めている時政の台詞です。


「とく、死なばや。早う、死にとうござります」(平重盛)

これは『愚管抄』にある重盛の言葉で、清盛と後白河法皇との対立の間で苦しむ心情が表わされています。


「重盛の知行国越前を召し上げた一件。盛子の所領に関する処置。いずれも法皇の過ち。法皇は関白と謀って国を乱しておる。即刻、処断すべし!」(平清盛)

理不尽な仕打ちに対して、ついに平家がクーデターを決行しました。そして・・・。


「ついにここまで来た。ついに武士が、この国の頂に立ったのじゃ」(平清盛)

長年の宿願である、武士の世が訪れました。


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「ついにのぼられましたな、この世の頂に。いかがにござりますか? そこからの眺めは」(祇園女御)

「なにも遮るものがなく、いたってよい眺めにござります」(平清盛)

「もう・・・お会いすることもござりますまい」(祇園女御)

清盛と、母親代わりのような存在であった祇園女御との、別れの台詞です。


素材提供:十五夜空彩

平清盛:第43回「忠と孝のはざまで」より

Tubaki_1「この東国の武士の頂に立ち、源氏を再び平家に劣らぬ武門とする所存にござります。その道を、政子殿とともに歩いていきとう存じます。・・・私の目を覚まさせてくれた政子殿と」(源頼朝)

「私は
佐殿の妻となり、佐殿のお志を、お支えしてまいりとうございます」(北条政子)

「常々言うておられるではござりませぬか。やせた土地も時政殿が耕すとよう肥えて、かくも立派な作物が育つと。・・・ぜひ、わが殿の舅となり、立派な源氏の棟梁にお育てくださりませ!・・・楽しゅうござりますぞ」(藤九郎)

「手がかかりましょうな。かように青白く、やせ細った苗では」(北条時政)

源頼朝が北条時政に、政子を妻にもらい受けたいと頼んだ時の台詞です。この時の時政の決断は大変に重くて、伊豆の一豪族に過ぎなかった北条氏は、後の頼朝の挙兵と平家打倒を陰で支えて、政の中心に躍り出て行く事になります。


「弁慶。私はここで元服する。・・・尾張はわが父義朝の最期の地ゆえ。どうせ烏帽子親などおらぬ身の上。ならばこの地で亡き父の御霊に見守られ、自ら元服したい」(源義経)

そうして遮那王は父・義朝の一字をもらい、義経となりました。源氏の魂は着々とよみがえりつつあります。


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「人は運が傾き始めると、必ず悪事を思いつくものにござります」(平重盛)

「悲しきかな・・・。法皇様に忠義を尽くそうとすれば、山の頂よりもなお高き父上の恩をたちまち忘れることになります。痛ましきかな・・・。父上への不孝から逃れんとすれば、海よりも深き慈悲をくだされた法皇様への不忠となります。ああ・・・。忠ならんと欲すれば孝ならず。孝ならんと欲すれば忠ならず。進退これきわまれり。・・・かくなる上は、この重盛が首を召され候え。さすれば御所を攻め奉る父上のお供もできず、法皇様をお守りする事もできますまい。父上・・・」(平重盛)

兵を繰り出して後白河法皇の身柄を館に連れてこようとした清盛を、思いとどめさせた重盛の台詞です。『日本外史』に出てくる、重盛が呟いたとされる「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」は、割と有名な言葉ですね。


素材提供:薫風館雪月花

平清盛:第42回「鹿ヶ谷の陰謀」より

Lightning7「そなたの国づくりは、志ではない。復讐だからじゃ!・・・さよう。おのれを犬と扱う王家への恨みつらみに、突き動かされておるだけだからじゃ! さようなものにつきあわされて、よい面の皮じゃ! 民も、公卿も、うぬらもな!」(西光)

清盛を始めとする平家の面々に浴びせられた、鹿ヶ谷の陰謀で捕えられた西光の捨て台詞です。意外と図星を突かれた部分もあるからこそ、清盛は怒り狂うと同時に、自らの明日を見失い始める事になります。ちょうどそれに対するように・・・。


「遠く伊豆より、平氏の繁栄を指をくわえて見ておれ。そう入道様に言われたとおっしゃいましたな? それはまこと、かような暮らしをせよという事か!?・・・ならばなぜ、この太刀を渡された!? 武士の魂を忘れるなという事ではないのか?」(北条政子)

「連れていってくれ。私を明日へ・・・連れていってくれ。昨日とも違う、今日とも違う、私の明日へ」(源頼朝)

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「連れていけとは、女々しいお方じゃ。共に参ろうぞ。まだ見ぬ明日へ!」(北条政子)

頼朝は政子によって、自らの明日を見出そうとしていました。
 


「国の頂を巡る、壮大なる双六遊び。あまたの駒を失うは、道理にござりましょう。あなた様も、入道様も」(乙前)

鹿ヶ谷の陰謀で、側近を失う事になった後白河法皇に語った、乙前の台詞です。


素材提供:Kigen十五夜

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