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八重の桜:12月放送分

第48回:「グッバイ、また会わん」より

Yae121 「愛国心とは、そんなものではない! 意見が違う者を力で封じ込めるなら、何のための国会開設だ!」(新島襄)

外務大臣の大隈重信が、外交交渉が弱腰だと憤った愛国者に襲われたというニュースを聞いて、襄が言った台詞です。


「襄、ありがとなし。私を妻にしてくれで。戦の傷も、犯した罪も、悲しみも、みんな一緒に背負ってくれた。私を、愛で満たしてくれた。・・・ありがとなし」(新島八重)

襄の最期に駆け付けた八重が、感謝の思いを述べた台詞です。


「八重さん・・・、狼狽してはいけません。グッバイ・・・。また、会いましょう」(新島襄)

襄の最期の言葉です。


「赤十字の看護の精神は、敵味方の区別なく、傷ついた者に手を差し伸べる事にある。苦しむ者、悲しむ者に寄り添い、慈しみの光で世を照らす。・・・新島さんが、作ろうとした世界だ」(山本覚馬)

八重に東京で看護法を学んでこいと言う覚馬。その精神を聞いて、八重は自分の前に、一筋の道ができたような気がしました。八重の新しい生き様が始まります。


第49回:「再び戦を学ばず」より

Yae122 「戦をせず、国を滅ぼさぬ道もあったはずなのだ!」(山本覚馬)

会津戦争までの経緯を回想して、八重や山川健次郎を驚かせた覚馬の台詞です。会津が大切だからこそ冷徹に考え続けてきた覚馬には、分かる事があるのでしょう。後で健次郎も、それに気付き始めます。


「今、世界が力を競い合い、日本は戦に向げて動き出した。どうか、聖書の一節を、心に深く刻んでください。・・・その剣(つるぎ)を打ち変えて鋤(すき)となし、その槍(やり)を打ち変えて鎌となし、国は国に向かいて剣を上げず。二度と再び、戦う事を学ばない」
「諸君は一国の、いや世界の良心であって下さい。いかなる力にも、その知恵であらがい、道を切り開いて下さい。それが身をもって戦を知る、私の願いです」(山本覚馬)

同志社の卒業式で、覚馬が語った台詞です。聖書の一節とはイザヤ書の第2章ですが、これはニューヨーク市にある国連広場の壁にも刻み込まれているそうです。『「戦うことを、学ばない・・・」これこそが、覚馬が探し求めていたものだったのだ。』と、完全小説版「八重の桜・第4巻(P.276)」には説明されています。


「良い事を自分達から始めんのを、ためらう事はありません。苦しんでいる人たちに手を差し伸べんのが、文明というものではねえのですか?」(新島八重)

日清戦争が始まり、陸軍病院に看護婦を派遣し自らも向かう八重が、陸軍大将の大山巌を訪ねた際の台詞です。赤十字の協定に加わっていない清国に対して、敵味方の区別なく救護する必要はないと言う人達がいたからです。それに対して大山は・・・。


「敵なればとて、傷を受くるか病にかかりたる者をいたわり救うは、人の常なり。仁愛の心をもって、これに対すべし。・・・おいは、出陣に際し、全軍にこげん訓示しようち思うちょる」(大山巌)

そう応えました。


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最終回:「いつの日も花は咲く」より

Yae124 「初めての事には、いつでも反対する人がいんだし。・・・まず、やってみせんべ。道は、私たちが作ればいい。誇りを持って、働いてくなんしょ」(新島八重)

最初の日に、衛生兵たちから心ない言葉をぶつけられて、浮かない表情の従軍看護婦たちに、八重が言った台詞です。
看護婦たちを指揮したこれらの働きが認められて、八重は後に、皇族以外の女性で初めて勲章を授けられます。


「幕府が強い力を失うて、わしらが国を新しゅう作り替えた時、流さんでもええ
血が、こじゃんと流れた。・・・清が敗れて世界の勢力図が塗り変わる。国と国の大きな戦が始まるろう。流される血は、これまでとは比べ物にならん!」(板垣退助)

強硬外交を唱える徳富蘇峰が取材で訪ねて来た時、板垣が語った台詞です。しかし蘇峰には、板垣の真意は伝わりませんでした。


「一服のお茶の前では、どなたとでも、まっすぐに向ぎ合える。互いに心を開き、敬い合って、清らかで、何事にも動じない」(新島八重)

晩年は茶道に魅せられた八重が、茶道の師に語った、茶道の神髄をあらわす台詞です。それまでは主に男性のやるものだった茶道を、女性に拓いたのが八重たちだと言われます。


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Yae125「わしはな、新政府がなじょな国つくんのか、見届けんべと、生ぎ抜いてきた。・・・んだげんじょ、戊辰以来、わしの眼に焼ぎ付いたのは、なんぼ苦しい時でも、懸命に生きようとする人の姿。笑おうとする人の健気さ。そればっかりが、俺の心を、胸を揺さぶんだ」(西郷頼母)

「花は、散らす風を恨まねえ。・・・ただ、一生懸命に咲いでる」(新島八重)

「八重、にしゃ桜だ。・・・花は散っても、時が来っと、また花を咲かせる。何度でも、何度でも、花咲かせろ」(西郷頼母)

会津の例の桜の見える場所で、頼母と八重が静かに語り合った台詞です。


「力は、未来を切り開くために、使わねばなんねえよ。・・・昔、私が生まれた会津という国は、大ぎな力に飲み込まれた。私は、銃を持って戦った。最後の一発を撃ち尽くすまで。一人でも多ぐの敵を倒すために。・・・んだげんじょ、もしも今、私が最後の一発の銃弾を撃つとしたら・・・私は、諦めねえ」(新島八重)

人を動かす言論の力を何に使うのかと、徳富蘇峰に問いかけた八重。もしも今、自分が銃を撃つのならば、人ではなくて、世の中を覆っている黒雲に向けて・・・。ドラマのラストの台詞です。


「八重の桜」(了)



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素材提供:薫風館Kigen空彩

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