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八重の桜:7月放送分

第27回:「包囲網を突破せよ」より

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「僅かの間に、何もかも変わってしまった」(神保雪)

「お城に戻ったら、八重さんに鉄砲を教えてもらいましょう。・・・やはり、鉄砲は強い」(中野竹子)

八重の二人の友は、時代の波に呑み込まれるように散って行きました。


「敗軍の将たるわしは、腹を切らねばなんねえ。・・・んだげんじょ、死んだ者たちの無念の思いが、このわしの肩に、背に、重くのしかかって、腹切らせねえんだ。『生きて、会津を守れ!』と言うんだ!」
「八重、強ぐなれ。強ぐなんねえと、一足も前には進まねえぞ。うん?」(西郷頼母)

夜回り中の八重に出会った頼母が、その胸の内を語った台詞です。


「今は一兵たりとも、失いたくねえ。・・・やってみっか!」(山川大蔵)

彼岸獅子という奇策によって、一人の兵も失う事なく敵の包囲網を突破して入城した大蔵は、籠城を続ける人達に希望を与えました。


「殿! 勇気を持って、恭順の意、お示し下さりますよう。会津を・・・、会津を助けて下さりませ!」(西郷頼母)

松平容保に開城恭順を説く頼母ですが、拒否され、ついには会津から去るよう命じられてしまいます。しかし、最も冷静に会津の状況を判断していた家老が、頼母だったのかもしれません。


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第28回:「自慢の娘」より

「人にはそれぞれ、道があんだ。なじょしても譲れぬ、道があんだ。臆病者とそしられようと、まっすぐにしか進めぬ、わしの道があんだ。西郷頼母にも、たわまぬ節がある」(西郷頼母)

会津を離れて行く頼母。「お逃げになんのがし!?」と問う八重に、妻・千恵の辞世の中の「たわまぬ節」を使って、心を語った頼母の台詞です。


「お殿さま。一人また一人と、友や仲間をなくしますが、残った者たちで力を合わせ、会津を守るお役に立ちたいと存じます」(川崎八重)

子供の頃から、いつか松平容保のお役に立ちたいと思っていた八重。容保に召し出されて砲弾の仕組みの説明をした後で、その気持ちを述べた台詞です。


「八重が鉄砲を学んだ事は、間違いではなかったがもしんねえ。闇の中でも、小さな穴が一づ開けば、光が一筋、さし込んでくる」(山本権八)

「その穴を開けんのが、八重の鉄砲かもしんねえな」(山本佐久)

初めて権八が、八重の鉄砲を認める言葉を、佐久に語った台詞です。


第29回:「鶴ヶ城開城」より

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「会津は打たれ強い。私は国とは、そこに住む人の事だと思っています。会津は・・・、八重さん、あなたは強い」(川崎尚之助)

新政府軍の猛攻を受ける城の中で、尚之助が八重に言った台詞です。


「八重・・・。にしゃ、わしの誇りだ。皆を守れ」(山本権八)

命懸けで食糧を調達して来た権八が、息を引き取る際に八重に遺した言葉です。


「この上は、この一命をもって、会津を、皆の行く末を守る。・・・何があっても、生き延びよ! 最後の軍命じゃ。生きよ!」(松平容保)

「本当は日本中に言いでえ! 会津は逆賊ではねえ! だげんじょ、それを証明できるのは、殿様しかいねえのです。だから・・・。何があっても、生ぎて下せえまし!」(川崎八重)

切腹して責任を一身に背負う覚悟だった容保と、それでは会津の誇りを守るために死んだ者たちの命が無駄になると止めた八重。降伏間際での主君と家臣たちのギリギリのやり取りのシーンでの台詞です。


「戦に負けても、誇りは失っちゃなんねえ。きれいに渡さねば、会津のおなごの恥だ」(梶原二葉)

妹から、明け渡す城をなぜ掃除するのかと訊かれて、二葉が応えた台詞です。その城に新政府軍が土足で乗り込んで来た時、先頭を行く板垣退助がフト立ち止り、自分達の足跡を振り返って何かを感じ取ったようです。


「あすの夜は 何国の誰か ながむらむ なれし御城に 残す月かげ」(川崎八重)

降伏式のあった夜に、八重が城内の壁に書いた辞世のつもり(?)の歌です。八重は男たちに交じって、殺されるかもしれない謹慎所に向かう覚悟でした。しかし・・・。
 

「女だ! 女が紛れてるぞ!」(川崎尚之助)

妻を救うために、わざと尚之助が叫んだ台詞です。尚之助が選んだのは、愛するがゆえの別れだったのかもしれません。


「消えだ。何もかも。・・・そんじも空は、変わらねえのか」(川崎八重)

この台詞で、ドラマは大きな区切りを迎えました。


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第30回:「再起への道」より

「わしは、生きる。千恵。わしは生きっぞう・・・。わしらの会津を踏み潰してった奴らが、どんな世の中作んのか、この目で見届けてやる」(西郷頼母)

箱館での戊辰戦争の終結時に、榎本武揚と共に新政府軍に降る頼母が、妻・千恵の辞世に語りかけた台詞です。
 

「何にも、情けなぐねえ。今は、生ぎ抜ぐ事が戦だ。・・・生ぎていれば、いつかきっと会津に帰れる。それを支えに、生ぎていくべ」(川崎八重)

金持ちの商人の囲い者になり、賊徒の親子と愚弄されても息子のために生き抜いている千代に、八重が語った台詞です。
 

「見よ! 戦うという字だ。我等は会津武士。戦い続けて、いつの日か、故郷の土地と会津の名を奪い返す!」
「北辺の地に強国を作る。反撃の狼煙をあげんのは、その時だ! どの地もすべて、戦場と思え!」(山川大蔵)

新しい藩名「斗南」の「斗」を指して、不満を口にする藩士たちを大蔵が説得した台詞です。
 

「今でも、三郎の、おとっつぁまの、死んだみんなの無念を晴らしてえ。んだげんじょ、恨みを支えにしていては、後ろを向くばかりで前には進めねえのだし・・・」(川崎八重)

斗南に来ないかという大蔵の誘いを、八重が断わった台詞です。「今、斗南に行ったら、私はまだ、恨みに縛られ、がんじがらめになる・・・。」(完全小説版『八重の桜 第3巻』P.139)という怖れと、前向きに生きようという意思とが反映されているのでしょう。その前向きに生きる意思が・・・。
 

「んだら、今日も頑張んべ!」(川崎八重)

反物の行商に出かける、八重のこの台詞に表われているようです。
 


素材提供:十五夜空彩

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